大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和51年(あ)1140号 判決

主文

原判決及び第一審判決中、被告人小巻敏雄の第一審判決の判示第一の一の事実に関する部分及び被告人今村正一の同判示第一の三の事実に関する部分を破棄する。

被告人小巻敏雄を懲役三月に、被告人今村正一を懲役一月に処する。

被告人両名に対し、この裁判確定の日から一年間、その刑の執行を猶予する。

第一審における訴訟費用中、証人岩田林光に支給した分(第一一回公判の分)は被告人小巻敏雄の負担とし、証人山田郁生に支給した分(第一五回及び第一六回公判の分)の二分の一は被告人今村正一の負担とし、原審における訴訟費用中証人山田郁生、同羽田稔に支給した分の二分の一は被告人今村正一の負担とする。

検察官のその余の部分に対する本件上告を棄却する。

理由

(上告趣意に対する判断)

一検察官の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の各判例は本件とは事案を異にし適切でなく、その余の点は、単なる法令違反の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

二弁護人深田和之ほか一四名連名の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反、量刑不当の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

(職権による判断)

しかしながら、検察官の所論にかんがみ職権をもつて調査すると、原判決及び第一審判決中、被告人小巻敏雄の第一審判決の判示第一の一の事実に関する部分及び被告人今村正一の同判示第一の三の事実に関する部分は、以下に述べる理由により、結局、破棄を免れない。

一被告人両名に対する本件公訴事実のうち、所論の指摘する公務執行妨害の事実(第一審判決判示第一の一、第一の三の事実に対応する公訴事実)の要旨は、

被告人両名は、いずれも、昭和三六年九月二六日、大阪府立淀川工業高等学校定時制課程において実施予定の全国高等学校学力調査を阻止する目的をもつて同校に赴いたところ、

第一  被告人小巻は、同校校長室において、ほか数名とともに、右学力調査を実施していたテスト責任者である同校校長岩田林光を取り囲み、同人の顔面を数回殴打し、多衆の威力を示して暴行を加え、もつて同人の右公務の執行を妨害し、

第二  被告人今村は、ほか数名と共謀のうえ、同校校長室の窓際にいて右学力調査の実施状況の視察、報告等の職務に従事していたテスト立会人補助者である大阪教育委員会指導主事山田郁生に対し、同人の右腕をつかんで室内に引きずり込もうとし、多衆の威力を示し、かつ、数人共同して暴行を加え、もつて同人の右公務の執行を妨害した、

というものである。

二第一審判決は、被告人小巻については、ほぼ公訴事実に沿う事実の存在を認めたが、前記学力調査(以下「本件学力調査」という。)は違法であり、その実施に従事していた岩田校長の職務行為は適法性を有しないとの理由で公務執行妨害罪の成立を否定し、被告人今村については、同被告人において山田指導主事に対しほぼ公訴事実に沿う暴行を加えたことは認められるものの、右暴行の際右山田が職務の執行中であるという認識を有していたとは認定できないから、公務の適法性をみるまでもなく、公務執行妨害罪は成立しないとし、また、被告人両名とも「多衆の威力を示し」あるいは「数人共同」して暴行を加えたと認めるに足る証拠がないとして、いずれについても、単に暴行罪が成立するにとどまるとした。

三第一審判決に対し、検察官及び被告人らの双方から控訴の申立がされたところ、原判決は、検察官の事実誤認、法令適用の誤りの論旨に対しては、被告人今村の前記第二の事実につき、被告人今村が山田指導主事に暴行を加えた際、同被告人において右山田が前記職務の執行中であることを認識していたものと認められるので、第一審判決は、この点に関する限り事実を誤認したものというべきであるが、その余の点については事実誤認はなく、また、本件学力調査は手続的にも実質的にも違法であつて、岩田校長及び山田指導主事の前記各職務行為は適法性を有しないから、前記事実誤認は判決に影響を及ぼさないとして、第一審判決同様、被告人両名につきいずれも暴行罪の成立のみを認め、検察官の控訴を棄却した。そして、被告人らの事実誤認、量刑不当の控訴趣意に対しては、被告人小巻に関する量刑不当の論旨のみを認容し、第一審判決中の同被告人の有罪部分(懲役四月)を破棄して同被告人を罰金二万円に処し、被告人今村の控訴はこれを棄却した。

四ところで、原判決が本件学力調査を違法とした理由の要旨は、次のとおりである。

すなわち、原判決は、(1) 本件学力調査は、文部大臣において企画立案し、地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下「地教行法」という。)五四条二項に基づき、都道府県教育委員会(以下「都道府県教委」という。)に対し調査及びその結果の報告を求めたものであること、(2) 前記企画立案にかかる調査実施要領によれば、(ア) 本件学力調査の目的は、高等学校生徒の学力の実態をとらえ学習指導、教育課程及び教育条件の整備改善に役立つ基礎資料を得ることとし、(イ) 調査の対象は、全国的規模の一環として約一〇パーセントの抽出率によつて選定された高等学校全日制第三学年、同定時制第四学年の全生徒とし、(ウ) 調査する教科は英語とし、(エ) 調査の実施期日は昭和三六年九月二六日とし、(オ) 調査問題は文部大臣において問題作成委員会を設けて作成することとされたほか、時間割、調査実施機関の系統及び役割、調査結果の処理方法等細目にわたる内容が定められていたものであること、(3)右要求を受けた都道府県教委(本件においては大阪府教育委員会)は、地教行法二三条一七号の「教育に係る調査」を行うという形式で本件学力調査を実施したものの、右調査実施要領になんら変更を加えることなく、文部大臣の右企画立案どおりに、選定された調査対象校(本件においては淀川工業高等学校定時制課程)の学校長をテスト責任者とする措置等を講じて右調査を行つたものであること、を認定した。

右認定事実に基づき、原判決は、右のような本件学力調査の実質は文部大臣が主体となつて都道府県教委に指揮命令してこれを実施させたものとみるべきであり、しかも右調査の性格は教育上の価値判断に関する具体的教育活動としての実質を有するものであるから、行政調査のわくを超えるもので、地教行法五四条二項を根拠として実施することはできず、手続上違法であり、実質的にみても、教員の具体的教育活動としての教育の方法、内容自体に干渉するものであつて、教育の自主性、中立性を阻害し、教育基本法一〇条一項に違反するというのである。

五そこで、原判決の右の法令の解釈適用の当否につき検討する。

(一)  当裁判所は、さきに昭和三四年(あ)第一六一四号同五一年五月二一日大法廷判決(刑集三〇巻五号六一五頁)において、昭和三六年全国中学校一せい学力調査の実施に関し、その手続上及び実質上の適法性を肯定する判断を示したが、本件学力調査は、義務教育に属さない高等学校生徒を対象とし、その実施校の選定をいわゆる抽出調査の方法によつている点を除けば、右大法廷判決における中学校学力調査とその概要を同じくし、かつ、原判決が本件学力調査の適法性につき判断した法律上の論点は右大法廷判決のそれとおおむね共通するから、右大法廷判決の判断の趣旨をするところは本件にも妥当し、これによるときは、本件学力調査の手続上及び実質上の適法性を是認することができるもの、と解する。

(二)  すなわち、まず、本件学力調査の手続上の適法性についてみるのに、本件学力調査が、個々の生徒に対する教育の一環としての成績評価のためにされた教育活動ではなく、約一〇パーセントの割合による抽出調査として、高等学校生徒の英語教科の学力が一般的にどの程度かを調査する行政調査として行われたものであることは、原判決認定の前記調査実施要領の内容に徴し明らかであり、また、本件学力調査は都道府県教委が地教行法二三条一七号に基づいて実施したものであるから、たとえ、地教行法五四条二項の規定上文部大臣の要求に従う義務がないのに文部大臣から示された見解のため都道府県教委においてその義務があると理解してこれを行つたとしても、右実施行為は、手続上においては、権限なくしてされた行為として違法であるということはできない。

(三)  次に、本件学力調査の実質上の適法性についてみることとする。

高等学校は、小・中学校がそれぞれ「初等普通教育」・「中等普通教育」を施すのを目的とする(学校教育法一七条、三五条)のに対して、その目的を「中学校における教育の基礎の上に心身の発達に応じて、高等普通教育及び専門教育を施すこと」(同法四一条)としており、高等学校教育も、普通教育の一環として、高等普通教育の分野では、小・中学校教育と共通の基盤の上に立ち、その延長線上にあるものであるから、それが義務教育に属さないとはいえ、教育の機会均等の確保のため、地域・学校別等の如何にかかわらず、全国的にある一定の水準を維持することが強く要請されることはいうまでもないところである。高等学校生徒を対象とする公教育においても、公権力の不当、不要な介入が排除されるべきことは当然であるが、国が、高等学校教育の特質等を配慮しつつ、許容される目的のため必要かつ合理的と認められる関与ないし介入をすることは、それがたとえ教育の内容及び方法に関するものであつても、是認されるといわなければならない。

右のことを前提として、本件学力調査が教育基本法一〇条に違反するかどうかを考えてみると、本件学力調査の目的は、高等学校生徒の学力をとらえ学習指導、教育課程及び教育条件の整備改善に役立つ基礎資料を得ることにあつたものであり、文部大臣が学校教育等の振興及び普及を図ることを任務とし、これらの事項に関する国の行政事務を一体的に遂行する責任を負う行政機関(文部省設置法四条参照)として、中学校におけると同様、全国高等学校においても教育の機会均等の確保、教育水準の維持、向上に努め、教育施設の整備、充実をはかる責務と権限を有することに照らすと、本件においては、右調査目的と文部大臣所掌事項との間の合理的関連性を認めることができる。そして、高等学校生徒の学力(本件においては英語の学力)が一般的にどの程度のものであり、そこにどのような不足ないし欠陥があるかなどにつきその実態を知ることは前記調査目的に掲げられた教育諸施策のための資料として必要かつ有用であり、これを調査する方法としては、結局は、生徒に対する試験という方法によるほかはないから、これが実施のため、金国的規模において約一〇パーセントの割合で抽出・選定した対象校に対し、同一試験問題によつて同一調査日に同時に試験することは合理的というべく、本件学力調査の必要性も優にこれを肯定することができる。更に、本件学力調査が行政調査であつて個々の生徒の成績評価を目的とする教育活動そのものとは趣旨及び性格を異にすることは既に述べたところであり、また、本件学力調査に伴う授業計画の変更も、抽出された対象校における英語の一教科の調査に要する時限内に限定されるもので、右変更が年間の授業計画全体に与える影響はごくわずかであるにすぎず、その他、本件学力調査においては、調査結果を生徒指導要録に記録する措置も要請されてはおらず、調査方式も抽出調査の方法によつているので、各県、各校ごとの過当な競争を呼び生徒、教師らを成績競争に巻き込むという事態の生ずることなどもほとんど考えられないのである。以上、要するに、本件学力調査の実施には教育そのものに対する不当な支配として教育基本法一〇条に違反する違法はない、と解するのが相当である。(なお、原判決は、その説示において、教育の地方自治にも言及し、文部大臣の権限はこの面からの制約を受ける旨述べているので、付言するのに、文部大臣が地教行法五四条二項によつて都道府県教委に対し本件学力調査の実施をその義務として要求することは教育の地方自治の原則に違反することを否定できないが、右要求に応じてした同教委の本件調査実施行為自体は、そのために右原則に違反して違法となるものでない。)

(四)  そうすると、本件学力調査には手続上も実質上も違法はなく、これが実施に従事していた岩田校長及び山田指導主事に暴行を加えた被告人両名の前記各所為は、いずれも公務執行妨害罪にあたるというべきであるから、これと異なる見解に立ち同罪の成立を否定した原判決及び第一審判決は、地教行法五四条二項、二三条一七号、教育基本法一〇条の解釈を誤り、ひいては刑法九五条一項の適用を誤つたもので、この誤りは判決に影響を及ぼし、かつ、これを是正しなければ著しく正義に反するものと認める。

(結論)

そこで、原判決及び第一審判決中、被告人小巻敏雄の第一審判決の判示第一の一の事実に関する部分及び被告人今村正一の同判示第一の三の事実に関する部分については、刑訴法四一一条一号によりこれを破棄し、なお、直ちに判決することができるものと認めて、同法四一三条但書により、この部分につき更に判決する。

関係各証拠(第一審第九回ないし第一三回公判調書中の証人岩田林光の供述部分、第一審第一四回ないし第一六回公判調書中の証人山田郁生の供述部分、原勝己の検察官に対する昭和三六年一一月一五日付供述調書二通、小島修の検察官に対する供述調書、司法警察員武田博司作成の実況見分調書、文部省調査局長作成の「昭和三六年度小学校、高等学校学力調査の実施について」と題する書面の写)によると、被告人両名は、いずれも、昭和三六年九月二六日、大阪市旭区橋寺町四〇三番地所在の大阪府立淀川工業高等学校定時制課程において実施予定の全国高等学校学力調査を阻止する目的をもつて同校に赴いたものであるところ、(一) 被告人小巻は、同日午後八時ころ、同校校長室において、大阪府教育委員会からテスト責任者を命ぜられ右学力調査を実施していた同校校長岩田林光に対し、平手で同人の顔面を四回位殴打する暴行を加え、もつて同人の右公務の執行を妨害し、(二) 被告人今村は、同日午後七時三〇分ころ、同校校長室内の中庭に面した窓際において、大阪府教育委員会からテスト立会人補助者として派遣され右学力調査を円滑に実施するためその実施状況の視察、報告等の職務に従事していた同委員会指導主事山田郁生に対し、「お前もこつちへ入れ。」といつて、外から室内を見ていた同人の右腕を両手でつかんで引つぱる暴行を加え、もつて同人の右公務の執行を妨害したことが認められる。

右事実に法令を適用すると、被告人両名の右各所為は刑法九五条一項に該当するので、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で、被告人小巻を懲役三月に、被告人今村を懲役一月にそれぞれ処し、同法二五条一項を適用して、被告人両名に対し、この裁判確定の日から一年間、その刑の執行を猶予し、第一審及び原審における訴訟費用の負担については、刑訴法一八一条一項本文により、主文第四項掲記のとおり被告人両名に負担させる。

なお、第一審判決が無罪を言渡し、原判決もこれを支持する被告人小巻に対する昭和三六年一二月二七日付起訴状記載第一の一の訴因及び被告人今村に対する右起訴状記載第三のうちテスト立会人宇野登の公務の執行を妨害したとの訴因についての検察官の上告は、上告趣意としてなんらの主張がなく、したがつてその理由がないことに帰するので、刑訴法四一四条、三九六条により、これを棄却する。

よつて、主文のとおり判決する。

この判決は、裁判官全員一致の意見によるものである。

(横井大三 江里口清雄 高辻正己 環昌一)

検察官の上告趣意〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例